”人間”  くまもと

今、日本が大きく変わろうとしている! 将来の子供たちに私達は、何を残すのか?私達に何が出来るのか?

ヤマボウシの花

2012_0515釣り・熊本食材フェアー0004






ここに来て花の種類が変わりましたが、最近目に付くのが、庭先にある「ヤマボウシ」の花です。

この花は「ハナミズキ」とよく似ています。

ミズキ科に属するので当然と言えば当然です。

しかし「ヤマボウシ」は「ハナミズキ」より1ヶ月ほど開花時期が遅れますので、それで判断出来ますが、それ以外にも葉にツヤがあるように感じます。

その他に「つぼみ」や実の形が大きく異なりますので、花が咲いている時期以外は、それで判断出来ます。

「ハナミズキ」は「ウドンコ病」に弱いが、「ヤマボウシ」は強いように感じます。

原産種の「ヤマボウシ」と外来種の「ハナミズキ」の差なのかもしれません。

皆さんご承知の通り、「ハナミズキ」はアメリカを象徴する花です。

日本とアメリカの友好の証として、「桜」と「ハナミズキ」が交換されたことは有名ですね!

2年前ワシントンD・Cでその桜を見てきました。

連休行事7(最後の夜)

2012_0505釣り・熊本食材フェアー0024






連休最後の日は、我が家の2階で「バーベキュー」でした。

残り物の整理ですが、ゆっくりした夜を過ごす事ができました。

今年の連休は自宅で過ごしましたので仕事も出来ましたし、ゆっくり考える時間も取れました。

すでに連休から1週間以上過ぎ、仕事も平常に戻っています。

今月と来月は、社内旅行・厄入り・各種総会など多くの行事が控えています。

段取りよく仕事をします。

皆さんも安全に努め、段取りよく楽しく仕事を進めて下さい。

連休行事6

2012_0504釣り・熊本食材フェアー0021






毎年連休には弟夫婦と私達とで小旅行に行きます。

今年は我が家で過ごす事にし、「和水町役場肥後民家村」に行って来ました。

熊本県和水町に「和水町役場肥後民家村」があります。


それは九州高速道を菊水インターで下り、玉名方面へ2〜3キロ南下した左側に位置しします。

その周辺には、「菊水ロマン館」「トンカラリン」「江田船山古墳」などがありますのですぐわかります。

ここは入場料は無料ですが、募金箱がありますので、100円以上を入れてください。

その募金は清掃などに使われるそうです。

ここには、200〜300年ほど前に立てられた古民家が7棟ほど移築されています。

ここでは、茅葺き屋根や土間台所など、昔懐かしい風景を見ることが出来ます。

私の実家も昔はこんな建物でした。

私の祖父が、当時1000円ほどの費用で建てたものだったようです。

その家も、10数年前の台風で屋根が飛び、現在はコンクリの打ちっ放しの建物に変わっています。

あの当時は、茅葺き屋根の葺き替えや、土間で発動機を使っての餅つきなど、村の住民総出でやっていました。

今思えば懐かしい限りです。

連休行事5

2012_0504釣り・熊本食材フェアー0005






5月2日、連休の中日の会議の後、少し時間が空きましたので「県立博物館」に行ってきました。

この博物館は1978年「黒川紀章」氏の設計で建てられたものです。

ここには、地質学・生物学・考古学・民俗学、それに近代の歴史・産業に関する資料が展示されています。

とくにプラネタリウムは楽しいですよ。

私は博物館が好きで、東京の上野にある国立博物館には、時間が空いたときにはよく行きます。

熊本の博物館は、あんな大きな規模ではありませんのであしからず!

さて今回の写真は、縄文時代の生活を再現したものです。

この当時はほとんどが狩猟生活だったのでしょうね。

隣には、弥生時代の生活を再現した展示物がありますが、稲作栽培が始まっています。

栽培と言えば、日本で最初に栽培されたものは「クリ」らしいですよ。

これにより人口は急速に増加したようです。

こんな歴史の中にも私たちの経営に役立つものがありそうです。

時間のある方は是非いってみてください。

連休行事4

2012_0504釣り・熊本食材フェアー0008







先ほど書いた「ヒラメ」釣りは、島原まで行きます。

この日、雲仙岳の頂上には雲がかかっていました。

皆さん!

思い出しませんか?

「雲仙岳」の主峰「普賢岳」の噴火を。

「普賢岳」による地震、噴火は1990年〜1995年の約5年間続きました。

この災害の特徴は「火砕流」でした。

特に大規模被害をもたらしたのが1991年6月に発生した火砕流で、報道関係者、火山学者、消防団員、タクシー運転手、警察官、職員、住民などで、死者行方不明者43名を出す惨事となりました。

当時「普賢岳」が主峰で1359mほど、この爆発で「平成新山」が出来ました。

この山の高さは1483mあるそうです。

100m以上高くなったのですね。

ところで、熊本には「島原大変肥後迷惑」と言う言葉があります。

これは1792年5月の雲仙岳の山体崩壊と、それにより発生した30〜50mの津波被害の事です。

これにより、長崎・熊本で2万名ほどの人が亡くなったようです。

去年の東日本大震災とは比較できないかもしれませんが、1000年に一度の大惨事と言いますが、熊本でも200年前にこんな大きな津波があったのですね。

連休行事3

2012_0504釣り・熊本食材フェアー0015






前回ヒラメ釣りの事を書きましたが、その夜の続きを書きます。

釣れなくても夜は宴会だったが、釣れて本当に良かった!

大皿4枚は「ヒラメのお造り」でいっぱいでした。

しかしカメラを持ち出したときにはすでにその姿はまばら、掲載できなかったのが残念です。

しかし皆さん喜んでいました。

ところで真ん中のこの(尻無さん)人、誕生日だそうです。

70にもう少し?

今日の2kgのヒラメ2枚の内1枚はこの人の腕、今日は最高の笑顔です。

そりゃーそうだろう!

こんなに女性に囲まれりゃだれだってこんなになりますよね!

この人達こんなですが、「ミニバレー」結構上手いんですよ!

この校区ではこの数年負け知らずです。

こんな連休の過ごし方も良いですね!

追記

残りの「ヒラメ」はもちろん、今日参加出来なかった奥さんへのお土産で、皆さんブロックで持って帰りました。

連休行事2

2012_0504釣り・熊本食材フェアー0012






連休に天草へ釣りに行ってきました。

ヒラメ狙いですが、このヒラメ中々釣れません。

5人でやっと2kgほどを2枚、1kgほどを1枚、300gほどを3枚、あとは雑魚です。

しかしこれだけ釣れれば十分、この日の夜は、15名ほどの仲間と宴会です。

私が思うに、ヒラメは臆病な魚だと思います。

えさに一気にガブリと来ません。

少しずつ飲み込むので、こちら合わせでは、よくばらします。

ヒラメの形を考えると、えさを食う時は、砂に同化し潜み、頭上を泳ぐ魚に食いつき、海底で少しずつ飲み込むのでしょう。

又水面まで上がって来るのですが、そこでよく踊ります。

その為、水際の水圧が重さに加わりハリスをよく切ります。

釣りはこんな事を考えるのが楽しいですね。

連休行事1

2012_0507釣り・熊本食材フェアー0003






連休も終わり今日から平常勤務です。

今年の連休は、近場で過ごしたのでのんびりする事ができました。

連休中の過ごし方の一つが、会社の2階ベランダに野菜苗を植えた事です。

手前左3列は「ゴーヤ」、手前右から「パパイヤ」「ドラゴンフルーツ」「ピーマン」「なすび」です。

例年は、日よけ用の「ゴーヤ」だけでしたが、今年は少し他のものにも挑戦してみました。

手前の「ドラゴンフルーツ」は種から育て、これまでに3年かかっています。

これからどうなるか楽しみです。

去年の「ゴーヤ」は、町内のベテランに指導頂き100本以上収穫し、良い出来でした。

ゴーヤは肥料と水が大事だそうです。

皆さんも挑戦してみてはいかがですか?

日よけ花壇整備

2012_0501釣り・熊本食材フェアー0010



2012_0501釣り・熊本食材フェアー0006






今日ベランダの土整備をしました。

今年も日よけのための「ゴーヤ」を植えます。

去年は「憲一郎」さんと取り組みましたが、今年は「吉岡」さんと整備をしています。

皆さん楽しみにしていてください。

追記

今年も「さくらんぼ」が実っています。

しかしすでに「カラス」のえさとなっています。

食べる方は、早めに取ってください。

長崎県鷹島

imagesCAF0QERD

imagesCA6K04YZ






先日、長崎の鷹島に行って来ました。

知人から、「魚が美味しいところ」と聞いていたので行ったのですが、確かに海の幸は豊富で良いところだと思います。

しかしこの島には、別に興味ある事柄がありそうです。

この島に「モンゴル村」と言う施設があります。

温泉施設・宿泊施設・食堂・売店などを備えた総合レジャー施設のようです。

ここには、「ソフトバンク」に関する資料もあります。

たぶんこの島が「鷹島」という名ですので、この「鷹」にちなんで作られているのでしょう。

それはさておき、前出の「モンゴル村」についてですが、「なぜここにモンゴル村があるのでしょうか。

私達も不思議に思ったのですが、島の「資料館」でその謎が解決しました。

それは、700年以上歴史をさかのぼります。

1274年10月、蒙古軍(元・高麗の軍)3万人の兵を乗せた900隻の舟が日本に攻めてきました。これが第1回目の蒙古襲来「文永の役」です。

元・高麗軍は、対馬、壱岐をおそい博多湾に攻め入ります。

対馬・壱岐の人々のほとんどは殺され、生き残った人(主に女性)は手に穴をあけられ,そこをひもで通して船のへりに結ばれたそうです。こうすれば日本軍が矢を撃てないからです。

このような蒙古の残虐な行為は、世界の至る所で行われ大変に恐れられ、東ヨーロッパには今でもその時の恐ろしさが伝えられているそうです。

この戦争、日本側は一方的に不利だったようで、それは戦法・武器に大きな差があったためのようです。

ところが次の日の朝、蒙古軍は姿を消します。

蒙古としては、この時はどうも脅しだったようです。

一端撤収し、後日再度攻め入ることになります。

蒙古による日本の家来支配拒否に業を煮やしたクビライは、1281年6月、蒙古軍(元軍・江南軍)14万人・軍船4500隻で再度日本に攻めてきます。これが第2回目の蒙古襲来「弘安の役」です。

今回は蒙古も本気です、しかし日本も戦略を変えて戦います。ところが奇跡がおこります。

「神風」(台風)です。

これによりほとんどの兵士や舟が海に沈んだようです。

この遺跡が、「鷹島」の周囲の海底で沢山見つかっています。

話が長くなってしまいましたが、こんな関係で「モンゴル村」がこの鷹島にあるようです。

この島、もっと勉強する加地がありそうです。

皆さんも時間があったら是非行ってみて下さい。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
Recent Comments
スカイツリー (ひろあき)
連休行事1 (ひろあき)
四季 (ひろあき)
満開の花たち (ひろあき)
満開の花たち (ひろあき)
被災地報告 (中島)
親について (中島)
般若心経について (ひろあき)
誕生会1月 (ひろあき)
moblog
BlogTimes
「BlogTimes」ブログパーツは、サービスを終了しました。
  • ライブドアブログ